ジヌよさらば〜かむろば村へ〜

映画『ジヌよさらば~かむろば村へ~』ができるまで 撮影現場の臨場感あふれるフルバージョンは劇場パンフレットに収録!

原作との出会い:2007年そして2012年

2007年。誰かが疑似通貨「円天」なる電子マネーシステムを作り、海の向うで「サブプライムローン」が大流行したり。そんな時流の中で、本作の原作コミック「かむろば村へ」の連載は始まった。お金を手にしようと躍起になる人が殆どの世の中で異彩を放つ「お金恐怖症の主人公」という設定は、連載当初は時代に逆行するような内容だと感じたが、その後、リーマンブラザーズの倒産を目のあたりにすると、時代を予測し先取りしていたのだと感服せざるを得なかった。
時は流れ2012年。シネグリーオさんから「かむろば村へ」の映画化を持ちかけられ、読み返してみると「かつて」の物語ではなく、「いま」の話しであると痛感。我々が「なくてはならないもの」と認識しているお金を「要らない、使えない、使わない」なんて言う人が居たら、絶対に誰もが気になるハズだ。こうして企画が動き出した。

この話を映画化出来る人は誰なのか:2012年暮れ

イメージフォト企画を始めるにあたり、最初から決めていたことがある。
「ベストセラーとは一線を画す、隠された名作を敢えて映画にする以上、中途半端なことはしてはいけない。ベスト・オブ・ベストの布陣で臨めない限り、スッパリ諦める」。
まずは原作の持つ「おかしみと哀しみ、人間の業やさが性を煮詰め、それでいて哲学的な真理」を、成立させられる脚本家や監督を探さなくてはならない。
「松尾スズキさんはどうだろうか?」
言わずと知れた『大人計画』主宰、演出家、俳優などなど多彩な才能の持ち主である。松尾さん作・演出の舞台を見ていた自分としても、しっくりとイメージでき、早速打診をすると、原作を読み終えた松尾さんから「是非やってみたい」という返答が!聞けば松尾さんはかつて漫画家を目指し、いがらしみきおさんに憧れてもいたのだというではないか。また、いがらし先生も「松尾さんにやって頂けるのであればとても嬉しい」と喜んでくださり、「原作に縛られなくていいので、自由に脚本を書いて欲しい」と、有難いお言葉までくださった。

コミック原作のキャスティングは難しい:2013年春~冬

真面目にポジティブにそして無計画に、0円生活を始めようとする、愚直でうかつだが、ほっとけない―そんな主人公・武晴【タケ】には、監督は最初から松田龍平さんを挙げていた。「映画3作目で2本龍平が主演って、どこまで龍平が好きなんだ、って感じだけど」と笑いながらも、本音は「あまちゃん」で久しぶりに共演して、『恋の門』から10年、龍平さんの成長した姿に、「もう一度一緒にやりたい」と純粋に思ったそうだ。
村長の与三郎の妻・亜希子には、松たか子さんの名前が挙がる。村で唯一のまともな人物で、正直さと透明感を合わせもったような女性を想像しており、イメージが松さんにぴったりだったのだ。
一番難航したのが、与三郎とその婚外子の進。この2人は、誰が見ても血縁関係にあるのがわかるというのが、本作の肝のひとつ。また与三郎は、不穏な過去を持ち、異常なほどに世話好きな男。原作では太鼓腹で小太り。加えて、わかる人にはわかる男としての色香が仄かに感じられないと説得力がない。この微妙な三枚目を演じられる人はいないものか。そしたら監督のすぐ近くにいたのだ。阿部サダヲさんだ。阿部さんならば、詰め物をして太鼓腹になって頂いても違和感がないし、女性が放っておかない色気もある。監督も「阿部の中に潜む狂気性みたいなものが、与三郎に相応しい」と太鼓判を押し、めでたく決定。進役には、阿部さんとお顔の雰囲気がよく似た、田中仁人(ひろと)君に決まった。他の主要キャストに関しても、監督がイメージした方々に漏れなく出演して頂けることになった。

イメージフォト

限界集落探し〜撮影:2013年冬〜2014年5月

かむろば村はどこにある?

イメージフォト最初から監督とは、「こぢんまりとした本当の村や町で、本物のわら葺屋根の家で、オールロケをしよう」と決めていた。それには地域を挙げて協力してくれる自治体が不可欠だ。ロケ地斡旋をしてくださるJTBコーポレートセールスの方に連絡を取り、果敢にも手を挙げてくださったのが・・・福島県は奥会津にある柳津町の皆さんだった。震災後、福島を訪れる人が減ったり、福島県産のものが売れなくなったりした中で、「撮影隊が来るとなれば、町の人が元気になる」「映画をきっかけに柳津町と奥会津を知ってもらいたい」と、町役場、商工会、観光協会の皆さんで「映画プロジェクト実行委員会」を組成して頂けることになった。
現地を訪れてみると、イメージ通りのかむろば村だった。駅に続く目抜き通りには「スーパーあまの」にぴったりなコンビニとスーパーが合体したようなお店が、西山温泉地区には幻想感漂う温泉がいくつもあった。武晴の住むボロ家も、囲炉裏が残っている、またとない物件が見つかった。

お願いするとなんでも出て来る柳津町

柳津町は人口3,700人のうち、65歳以上の方1,500人という、リアル“かむろば村”であったことも、ロケ地決定に至る決め手となった。実際、監督が「蕨を山から摘むように、エキストラのおばあさん、おじいさんが集められる」と評した程、町役場の方が電話をすると、すぐにシニアのエキストラの方々が集まってくれた。ただ、17時を告げる音楽が流れると、三々五々家路に向かってしまうということは予想外だった・・・。
町の協力はこれだけではない。劇中に登場するマイクロバス、ハーレーダビッドソン、GTR。ダメ元で相談してみると、次々と知り合いに声をかけて用意してくださったのだ。
そして、忘れてならないのは、炊き出しで振る舞ってくださった郷土料理の数々。山菜、馬刺し、ニシンの山椒漬け・・・お米も本当に美味しくて、スタッフは激務なハズなのに、少しずつ太っていったのは言うまでもない。

イメージフォト

瞬発力がすごい松尾式演出

イメージフォト撮影が始まると、笑いを堪えるのが大変だった。そもそもおかしなやり取りなのに、その場で監督がつける演出でさらに可笑しさが倍増するからだ。
初日から与三郎のキャラクターは、次々に要素が追加されていく。リハーサルを見て、直観でどんどん足していく監督と、即座に演出意図を汲み取る阿部さん。舞台で培った2人の瞬発力を目の当たりにした瞬間だった。
そんな松尾式演出で度々苦労したのは、松田龍平さんだ。お金を見て白目になる。過呼吸になる。うまく歩けなくなる。監督がやって見せる妙な動きは堂に入っていて、流石、舞台で何度も披露してきた奇々怪々さである。役者でもある監督ならではの演出法だが、とびきり面白い動きを目の前で披露された後というのはやりづらい。度々そんなシーンに出くわしたが、松田さんの努力の成果はご覧頂いた通りである。武晴の愛すべきキャラクターは、こうして現場で出来上がっていったのだった。
他のシーンでも監督のひらめきはキラ星のごとく、モニター側で見ている我々の腹筋は鍛えに鍛えられた。

音楽世界:田舎でたくましく生きる人たちは、明るくてラテンだ

音楽を依頼する際に、監督から出てきたのは、自身が出演していた舞台「もっと泣いてよフラッパー」で音楽監督を務めていた、超有名ギタリストの佐橋佳幸さんだった。「フラッパー」で魅せた、ギターとホーン系楽器とのコラボレーションのイメージを映画に持ち込めないか。テーマは「ラテン」。田舎で暮らす人々の独特な明るさを、ラテンのリズムで表現したい――監督が自作の即興曲を鼻歌でスマホに録音し、それを佐橋さんがその場で譜面に落としアレンジするという、他の映画現場ではなかなか見られない一幕もあった。

イメージフォトそして映画のエンディングを彩る主題歌――。
監督には当初から「最後に明るく、前向きになれるような主題歌で、映画に関係のある内容を語った歌を作りたい」という希望があった。佐橋さんとアイデアを出し合った結果、業界最注目の若手人気ロックバンド=OKAMOTO’Sに依頼することに。監督からのオーダーは、「劇伴はラテンだが、そこにパンクな要素を足して欲しい。武晴の頭の中がワーッと飛び出てくるような。“お金が無い=ゼロ”の状態を悲観するのではなく、パンキッシュにポジティブにその状態を曲にしたい」というものだった。歌詞のベースは監督が執筆。また、東京スカパラダイスオーケストラの谷中敦さんにバリトン・サックスで参加して頂き、最強の主題歌「ZEROMAN」が出来上がった。

撮影メモ

クランクイン:2014年5月7日
ファーストシーンとなる場面から撮影開始とし、会津坂下町からスタート。
福島パートクランクアップ:2014年6月1日
翌日から柳津町の人たちに「ジヌロス」現象が現れる。
全体クランクアップ:2014年6月4日
取調室と留置所だけは本物をお借り出来ないので、東京のセットで撮影。この日がクランクアップとなった。
実質撮影日数:24日間(福島パート23日、東京パート1日)
5月7日〜6月1日の間で撮休はわずか3日間のみであった。
文:プロデューサーT
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